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中国の女文字



     中国の女文字(女書)は、湖南省江永県などの地域で、ヤオ族の女性に用いられた文字。
     女書(にょしょ)の文字は1,000〜1,500文字収集されている。各文字は「点」、「縦線」
     「弧」、「折れ線」の4種類の筆画から成り立っている。文字の形状は縦に長い菱形である。
     女書は、数百年にわたり、存在してきたが、最近まで其の存在は、殆ど外部に知られてい
     なかった。 1982年、武漢大学の宮哲兵教授により再発見され、学術的研究が開始され
     た。判明している 早期の女書による記載は、清後期に製造された 『彫母銭』 に見られる。
     この貨幣の裏面に女書で 「天下婦女」・「姉妹一家」 と記されている。文化大革命以前に
     おいて、女書による文書は著者の死去に伴い殉葬品として焼却する習慣があった。 また
     文革期には多くの女書の作品が破棄された。 この為、現存する女書の作品が 極めて少
     ない。文革後、女性の文化水準が向上し、女性は女書によらずとも 互いの交流が可能と
     なり 女書の使用価値は減少した。その結果、女書の学習者は激減し女書は消滅の危機
     になった。 2005年9月湖南省東安県芦洪市において 女書を刻んだ石碑が発見された。
     この碑は其の磨耗の程度から数百年もの間、風雨に晒されてきたものと見られ従来考え
     られてきた女書の成立年代以前に 製作されたものと 考えられている。さらにこの石碑の
     発見により、女書の書かれた物体の材質、用いられた地域、使用者の性別などに関して
     新たな知見がもたされた。 女書による作品の多くは 『三朝書』という形式である。これは
     布を綴じて製作した小冊子であり、義姉妹または母により、女性の結婚時に贈られるもの
     であった。 三朝書には詩が 書かれており、結婚して三日目に 女性のもとへ 届けられる
     慣わしであった。 これらの詩は、結婚した 女性の幸福を願い、また村を離れて結婚する
     女性への悲しみの念を表すものであった。 そのほか詩や歌詞などを帯や紐、衣服などの
     日用品に織り込むこともあった。 文字の歴史として女書の読み書きの出来る人がいなく
     なるのが惜しまれます。

          ・・・・・・・・ 私の所属する日本書学院(第48回 日書学展)で女書作品を出展された方がいました。
                  文字数や文字性から判断すると 女書は 「書道分野」 に入らず、書作品にするには少々
                  無理があり不向きと思われるが、会場効果を上げる点では興味深いものがあった。
                                     
   ・・・・・・・・ 2009年1月20日<増田艸亭>



                              <女文字>
                  
                                (中国人書)


                               <女文字>
         
                              (中国人書)


                          <色紙に「女文字」を揮毫>
                  
                              (増田艸亭書)







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